ヒッチハイクの文化や方法、旅行記を綴っています。カナダ北部での生活や文化も紹介。

04月29日其の1−Hopeへ

2005年4月29日。

僕の初めてのヒッチハイクでの旅行が始まった。
出発地はこのGaliano島。そこからバンクーバーを通り、2600`北にあるWhitehorseが目的地になる。
最初は考えただけでも気の遠くなるような旅に感じたけれど。


朝はGaliano島の友人の家で朝食を取り、朝食の席でその場にいた人たち全てから祝福の言葉を貰う。
道中で食べるようにと、ヨーグルトの器に入れてもらったたくさんのパンケーキが嬉しかった。


その後、島の人の車でフェリーターミナルまで行き、そこから何度も乗ったことのあるバンクーバー行きのフェリーに乗った。

Galiano Is.

【Galiano Is.】


バンクーバーのフェリーターミナルでは癌と戦っている友人のChantalという美しい30代の女性が迎いに来てくれ、彼女と一緒にバンクーバーを少し周り、色々なことを話た。


バンクーバーからは直接北には道路は延びていないため、最初はカルガリー方面(東)のフリーウェイをを進まなければならない。


最初はそこまでヒッチハイクして行こうかと思ったけれど、フリーウェイ上のヒッチハイクは法律で禁止されているとバンクーバーの観光局で聞いて、最初の壁が急に立ちはだかる。


考えたあげく、ユコン準州(以下、ユコン)へと向かう玄関口にあたる、Hopeという街までグレイハウンドバスで向かうことにした。


友人のChantalに駅まで送っていってもらい、その後は一人で長距離バスの発着場に向かった。


このバス乗り場にはたくさんの国からの旅行者がいて驚いた。
韓国人、中国人、インド人、ドイツ人、フランス人、数を上げたらキリがない。

僕はバス乗り場に待っていると、一人のアジア系の可愛い女の子が僕に話しかけてきた。
「ねえねえ、この荷物に付ける用紙はどこにあるの?」

という質問をされる
彼女の英語が上手だったので、グリーンカードを持っている中国人かと思った。


「これは向こうのカウンターでも貰えるよ」と答えた。
彼女は荷物を見てくれないかと僕に頼み、用紙を取りに行った。


その後はどういう風に書くか僕が英語で説明して、その後の話が弾んだので、バスに乗っても一緒に話をした。

カナダのフリーウェイ

【カナダのフリーウェイ】


バスはバンクーバーを走り過ぎ、彼女と話しているとこんな事を聞かれた。

「ねえ、私の出身どこだと思う?」
「え?中国とか香港あたり?」
「ちがーう^^」
「じゃあベトナム?」
「ちがーう^^」
「ああ、韓国か!」
「はずれ。」
「え、まさか日本人?」
「そうだよ(笑)」


なんと、日本人とずっと英語でしゃべっていたんかいな!(笑)

彼女は僕の英語が上手かったので、Japanese Canadianかと思ったそうだが、いえいえ僕は東京都出身、東京育ちのバリバリの江戸っ子です(笑)


そんな面白い道中のバスの中での旅は4時間で終わり、Hopeに着いたバスは僕を残し、カルガリー方面に走り去った。


「さーて、ほんじゃあ、おっぱじめますか!」
と意気込んで僕のヒッチハイクの旅が本格的に始った。
04月29日其の2−ヒッチハイクは出来ない!?