ヒッチハイクの文化や方法、旅行記を綴っています。カナダ北部での生活や文化も紹介。

〜Whitehorseにて〜

それで、僕はWhitehorseに戻って、少しあの日系の男性の家にお世話になった。
貧しいらしく、Whitehorseのスラムのような住宅地区のトレーラーに住んでいるようだ。


彼の家ではMoose(ヘラジカ)の肉をご馳走になった。
カナダの北部の人の食卓らしい感じだ。


彼の家には両親の仏壇や日本の物が少しあり、なんとも言えない気分だった。
ユコンに移り住んだ日本人の歴史は知らないが、ご両親の時代は大変な時代だったことは想像に難しくない。
戦時中は全ての日本人はカナダの僻地に飛ばされてしまったというような話をよく聞いたし、色々な苦労があっただろう。


僕は良い時代の良い国に生まれたことを感謝したのと同時に、仏壇に向かって合掌をした。



その後2,3日Whitehorseの周りをうろうろして、夜はオーロラが見えないかと寝ないで待っていた。
4日目になるともうこの田舎の地方都市にいるのを我慢できなくなってきた。
最後の夜は4時まで起きていたがわずかに森林と夜空の境にうっすらと緑色の光が見えただけだった。


それがただの暁なのか、北極光の一種なのかは僕には検討もつかなかった。
しかし、あの時の夜空は忘れない。


宝石を散りばめたようなくらいの星が空には高く光り輝いていた。
そしてあのうっすらとした緑色の光
これで僕は満足だった。


北の生活は少し疲れた。
次の日の朝遅く、僕はバンクーバーに帰ることに決めた。


もちろんヒッチハイクで

こんなに簡単にすぐに移動できるなんて素晴らしい旅行法だと僕はそのとき考えていた。


しかしこんなに長い旅路になるなんて思ってもみなかった。


その日の朝、僕は米国大手のスーパーマーケット、Walmartでパンを買った後、Whitehorseを離れ、バンクーバーを目指した。